Thinking⁂Amphibia

某大生物学徒の日常とか

脊椎動物―『あたま』の出自

 

そもそも 脊椎動物とは何だろうか。

その名の通り、多くの人々は脊椎を持った動物というイメージが強い。

それはそれで正しいのだが、さてこの問題に真面目に考えたことのある人間はこの世に果たしてどれくらいいるだろうか。

実はこの問題、意外と難しい。というのも脊椎動物なのかよくわからない動物なんてのもこの世にはいるからだ。

その最たるものがヌタウナギである。かの分類学者の創始者で生物分類の基礎を創ったリンネでさえこの動物を『脊椎をもっていないし、恐らく脊椎動物ではない。口周りの形態学的特徴を見ると環形動物(ミミズの仲間)ではないだろうか?』と環形動物にしてしまっているのだ。

分類学という学問において明確な基準を設けるかがいかに難しいか、このエピソードは教えてくれる。

さて少し話が横道にそれることにはなるが、次世代シークエンサーによるゲノムの解析が可能になり、分類学に分子系統樹が頻繁に利用されるようになった現代はともかくとして、果たして現代に至るまでの形態学者、分類学者は何を指標にしてきたのか?

それは形態である。歴史的に考えてもダーウィン自然選択説を着想したのはそもそもダーウィンフィンチの形態学的洞察によるものだし、勿論現代も有用である。特に歯式と呼ばれる『歯並び』は見かけがよく似ている両生類幼生を同定するのにも便利な方法である。形態学的洞察なくして相同性の議論などありえないし、分子レベルでの階層がより高次の階層での現象にどのような影響をもたらすのかをみるためにも絶対不可欠である。

では分類事始は『形態』であると頭に入れて本題の脊椎動物とは何かという話に戻ろう。今回『あたま』の出自の話をするわけだが、その前に脊椎動物の形態―体制(body plan)について記述してみる。

脊椎動物の体制を考えるとき、まずその上位の分類群である脊索動物門の体制を考える後から脊椎動物特有の体制を加えて考えるととても楽に考えることができる。

f:id:studynature0928:20170210165013j:plainポルトマン比較形態学より抜粋)

すなわち脊索動物の体制は

  • 左右相称性、前後に伸びる体軸
  • 背側に神経管の存在
  • 内胚葉性の消化管
  • 両側に中胚葉性体腔と筋節
  • 孔の空いた咽頭
  • 内柱(円口類ヤツメウナギや原索動物のナメクジウオに見られるろ過摂食のための分泌器官であり、甲状腺と相同であると言われている)

である。

脊椎動物の体制はこれらに以下を加えたものとなる

  • 神経堤とその由来物(頭蓋や知覚神経節など)
  • 無対鰭
  • 椎骨
  • 非分節な頭部中胚葉と、そこから由来する外眼筋、神経頭蓋
  • プラコードとその由来物(耳などの感覚器、側線系、及び知覚神経節を含む)

今回は『あたま』の出自―頭蓋の発生学的な起源(ここでいう神経堤とその由来物)について、また無尾両生類の特殊性について考えていきたいと思う。

頭蓋の由来は二つあって神経堤(neural crest)と中胚葉(mesoderm)の細胞に由来する。中胚葉については高校で詳しく習うはずなので省略するが、神経堤細胞のことを習わないという方も中にはいらっしゃると思うので軽く解説する。

 


Neural crest cell migration in a chicken embryo

(ニワトリ胚での神経堤細胞の移動;参考程度にどうぞ)

上の図で言う神経冠から生じてくる―神経堤細胞は移動性の細胞で元々は上皮細胞(外胚葉)の細胞の一部が上皮間葉転換―EMT(Epithelial-Mesenchymal Transition )をすることによって生じてくる。

この細胞は頭蓋のみならず、交感神経や耳小骨など将来の重要な器官の起源でもあるため、『第四の胚葉』とも呼ばれている。

注)ちなみに神経堤のすべてが神経堤細胞になるのではない。EMTを起こさなかった細胞群は下垂体プラコード、頭部表皮外胚葉、感覚器プラコードに分化する。

 

前述した通り、頭蓋には中胚葉由来と神経堤由来のものがある。ここが頭蓋の持つ面白いところなのだが、それを明らかにしたのは緑色蛍光蛋白質GFPなどの蛍光色素で神経堤細胞を染めてそれを追っかけた追跡実験である。

僕も最近まで知らなかったのだが今回紹介する論文によれば頭蓋の骨要素の境界と発生学的な区分は必ずしも一致しないみたいだ。しかも興味深いことにこの論文では無尾類の頭蓋骨の発生学的な起源はかなり風変わりなものだとしている。

それではその概略をお話しよう。

 

www.nature.com

 

 f:id:studynature0928:20170207091045j:plain

神経堤由来の部分は青色、中胚葉はマゼンダ色で区別されている。

( Fp、前頭骨; N、鼻骨; P、頭頂骨; Px premaxilla前上顎骨; Sq、squamosal鱗状骨)

 まずマウスは顕著な特徴として骨要素の境界と発生学的な起源の境界が一致している。

一方で、ニワトリは頭頂骨の前方は中胚葉由来、後方は神経堤由来である。

両生類は後述のため割愛する。

最後にゼブラフィッシュ(条鰭類、系統学的にはコイに近い。分子遺伝学の分野でよく用いられる)この種の前頭骨は前方では神経堤細胞、後方は間葉細胞に由来している。

で、詳しい実験データは原著論文を見ていただくとして......

 

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結果(詳しくは上の図参考)

Axolotlの頭蓋骨の頭蓋神経堤の由来は羊膜類とよく似通っている。

特にMandibular NCはこの種の頭蓋骨の大部分を形成している。

②それに対してXenopus(モデル生物として一般に扱われるアフリカツメガエル、ネッタイツメガエルが属する)の頭蓋骨はBranchial NCで構成されている

考察(というより雑感)

 この論文からすると四足類の初期で獲得された頭蓋骨の発生形式はAxolotl型であろうと推測される。ただ、この論文のdiscussionにもある通り、まだゼブラフィッシュなど条鰭類での議論が足りないため、神経堤細胞の移動という点から見た条鰭類と四足類の頭蓋の相同性に関する詳細な議論はまだできない。

 

 

......というか祖先形質での話をしたいならハイギョ使えば良いのでは?と思ったが僕があんまり論文読めていないか、理解できていないかのどっちかだろう。

 

 

ちなみにオーストラリアハイギョの神経堤細胞を染めて追跡した研究を見つけた。僕自身はまだ読めていないのだが、参考になればと思いURLをここに載せておく。気になる人がいたら読んでみて欲しい。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1046/j.1525-142x.2000.00061.x/abstract

で、話を戻すと無尾目は骨格的にかなり特殊化しているからその結論は自然なんだけど、それでも②には驚かされた。

この論文にもある通り変態を通して神経堤に由来する細胞の再編が起こるのではないかとも考えられるが、それが実際に起こっていることなのかどうかについては議論の余地はある。

まあさらに言えば、Xenopusでの実験が無尾目全体に適用できるかということだ。

 

また、骨の分節構造と発生学的区分が一致していないものとしてカエルとニワトリとゼブラフィッシュがある。頭部の特殊化が進んでいるほど、この傾向があるのかもしれない。

 

あとすごくブログらしいコメントをすると、僕は手先の器用さにあまり自信がないのだけど 移植実験する人は本当に器用だなぁと思う。まあ勿論数をこなしてはいるんだろうけど(かのハンス・シュペーマンは左手が使えなくなり、晩年は隻眼だったらしいし)ある部位だけを特異的に切り出すなんて僕はできるんだろうか......

あと今回自分の英語力の無さというか知識の無さを痛感した。割と今やっている実験が単純なの(系とか恰好つけていえない)を選んでいるのもあるんだけど骨の発生は難しいですね......💧

間違いとかあったらよろしくお願いします。

というかブログってこんなテキトーでも良いのだろうか......

 次回は背伸びする回ではなく、シュペーマン出てきたし科学史的な話でもするか......

参考文献

Neural Crest Development - Embryology

キャンベル生物学第9版 丸善出版 小林興 監訳

『新版動物進化形態学』倉谷滋 東京大学出版

 (この記事の図はポルトマン以外はEvolutionary innovation and conservation in the embryonic derivation of the vertebrate skull : Nature Communicationsから)